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 白石一文 の記事一覧
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『心に龍をちりばめて』 白石一文 新潮社 
2007.11.20.Tue / 14:06 
心に龍をちりばめて心に龍をちりばめて
(2007/10)
白石 一文

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  ★★★★★

 「生きる」ことをテーマに人生の意味を問いかけてきた白石が、今回はそういう鬱陶しいことは抜きにして目一杯愉しんで読める小説を書いてきた。これには驚いた。いつもは何度も読み返す哲学的な箇所が多々あるのだが、そういうところが全くなくノンストップで一気読みである。これほど没頭して読書をしたのも久しぶりのような気がする。それほど面白い。

 誰もが振り返るほどの美貌の女性がいる。美帆、34歳。結婚を控え、お茶大を出てフードライターをやっている。年収は2000万。彼氏はもちろん(?)東大卒。政治家を目指すエリート記者である。

 とまあ、ここまでは実に白石の好きな設定である。喧嘩売ってるのか、と思うのはいつものこと。彼氏が東大と聞いた時点で、美帆の出た大学がお茶だろうと思ったのだが、まさしくそれだったのには笑ってしまったが。いやはや。

 しかし、今回はここからが面白かった。このエリートの二人に対して、正反対ともいえる男を出してきたのだ。それが龍の刺青を背負っている幼馴染みの優司である。片やエリート記者、片やヤクザ者である。考え方のまるで異なる二人を前にして美帆が思うのは何であるのか。彼女を巡る二人の男たちの間で翻弄され、揺れ動いていく葛藤がじつに読み応えがある。出生の秘密から始まり、親との繋がり方。仕事を持つ女としての考え、あるいは恋愛における嫉妬、打算にまみれた結婚観。そういうのをひっくるめて今さらのように思うのは、人としてどうあるべきなのか、ということなのである。

 美帆を通して自分自身と対話していく面白さ。そしてそこから生まれてくる喜び。そういった面白さがこの小説にはある。ラストの母と子のドラマは感動的であった。

 お薦め。
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『永遠のとなり』 白石一文 文藝春秋 
2007.06.28.Thu / 14:03 
永遠のとなり永遠のとなり
(2007/06)
白石 一文

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 「なあ、精一郎。生きているというのは何だ」と自身に対して問いかけてみる。そうやって胸の中で呟いてみても、すぐには答えがでるわけではない。

 主人公は著者と同じ1958年生まれの48歳。早稲田の政経をでて損保会社に勤めていたが、可愛がっていた部下が自殺したことで、自分もうつ病を発症してしまう。会社も早期退職して妻子とも別れ、郷里の福岡で療養をしている。そんなところへ一人息子から、大学を卒業したら専門学校に入りたいので入学金を支払ってくれという一方的な手紙をもらう。失業して療養中で先の当てがなくても、仕方がないなあと思ってこんな突飛な申し出にも応じてしまう主人公なのである。

 こんな主人公と一緒になって考えてくれるのが、肺癌を発病してやはり福岡に戻っていた幼馴染みの“あっちゃん”だ。一橋の経済をでて都銀に入行するも母親の死で辞め、コンサルタント事務所を経営しても発病したため閉鎖。離婚して郷里に帰って、一見ふらふらと気ままに暮らしているような男である。

 人は生まれて、生きて、死んでいく。当たり前のことだ。そんなことは誰でも知っているが、やはり考えずにはいられない。発病し、会社も辞めてたった一人になり、わずかな蓄えから息子とはいえ130万円もむしり取られ、これから先のことを考えると心細くてたまらない。いままでの人生とは何だったのか。一体どこでどう間違ってこんな羽目に陥ってしまったのか、と。

 病気のこと、仕事のこと、日々の生活のこと、女性との関係、こんなことをこの本は淡々と語っていく。決して急がずに。そうして終わりのほうであっちゃんは言う。「人間は誰だって、自分が幸せになるだけで精一杯なんよ」と。

 二人の博多弁がなんとも心地よい。しみじみとした味わいと温かさがあって、ついつい泣いてしまう。しんみりと我が身を振り返ってみてしまうのであった。

 お薦め。
『私という運命について』 白石一文 角川書店 
2006.12.29.Fri / 21:07 
私という運命について 私という運命について
白石 一文 (2005/04/26)
角川書店
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 相変わらず素晴らしい文章に酔ってしまった。勿体ないので少しずつ読むつもりだったが、やはり結末が気になってしまって後半は一気に読んでしまった。
 やはり白石一文は肌に合う。たとえそれが説教臭かったり、理屈っぽくって先の展開を見えてしまったりしても、そんなことは関係ないくらい好きだ。肌に合うというのは、得てして、こういうことかもしれない。

 いつの時代でも、人は人生の節々で選択を迫られる。進学、就職、結婚、出産。主人公の冬木亜紀は大手企業に勤めるキャリア職。時は1994年。女性の視点に立ち、亜紀の29歳から40歳までの約10年間が綴られてゆく。彼女が人生について考え、運命に戸惑い、それでも勇気を出して選択していく姿が描かれている。
 彼女の人生のターニングポイントで「手紙」が効果的に使われており、その一節一節に胸が熱くなり、読者は主人公と一緒になって己の人生を振り返ってみるのである。
 三篇の「雪の手紙」「黄葉の手紙」「雷鳴の手紙」と最終章の「愛する人の声」からなる。

 「雪の手紙」では、かつての恋人であった佐藤康の結婚式場の場面から始まる。式が始まる前に、亜紀はふと思いついて、式場の最上階のレストランで彼の母親からの手紙を読み出す。その長い手紙には「選べなかった未来、選ばなかった未来はどこにもないのです。」と綴られてあった。この主題が、終盤、実に感慨深く胸に迫ってくる。これから一体、亜紀はどんな人生を歩んでいくのかと思うと、切なくて他人事ではなかった。

 さて、場面は一転して「黄葉の手紙」では、亜紀は福岡に転勤になっていた。ここで運命の相手を見つけたかにみえた亜紀だったが、彼女はやはりここでも前に踏み出せないでいた。後に残ったのは、大きな疲労感と脱力感だけ。しかしこのとき、亜紀は運命とはどういうものか考える。いままで結婚に対して漠然と思っていたこととは違う想い。それは静かでさりげなくやってくるのだ、という想い。なにも、結婚が人生のすべてであるはずはないのだ。子どもを産むことだけが女性の存在価値ではないはずだ。こういう想いが、次の章に引き継がれてゆく。

 出会いと別れを繰り返しながら、人はなんと多くのことを胸に留めていくのだろうか。亜紀もそんな大事な場面で、自分のことが分からなくなり、選択に迷いが出たり、踏み出す勇気がなかったりして「運命」に翻弄されるのである。だが、いつだって選び取るのは自分だということに、亜紀はちゃんと気づくのだった。そんな亜紀なので、最後はしっかり前を向いて歩んでいくような気がするのである。

 とにかく衝撃的な作品だった。だが、読めて本当に良かった。好きな作品の一つになりました。(2005年6月18日)


注:「でこぽんの読書日記」にエントリーしたものを少し推敲して載せました。
そのときにコメントとTBをいただいていますので併せて載せておきます。
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▽Open more.
『どれくらいの愛情』 白石一文 文芸春秋 
2006.12.28.Thu / 23:17 
どれくらいの愛情どれくらいの愛情
(2006/11)
白石 一文

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 三本の中編「20年後の私へ」「たとえ真実を知っても彼は」「ダーウィンの法則」と、書き下ろし長編作品である「どれくらいの愛情」が入って、非常に読み応えがある作品集。
 
 白石一文は、最近とくにお気に入りの作家である。緻密な構成と、すっと心の中に入り込むように流れるような繊細な文体が肌に合うといえばいいのか、心理描写に酔ってしまうことが多い。背景のほうも相変わらず、白石特有の美男美女、高収入、離婚、不倫、裏切りのオンパレードで、考えることには事欠かない。すべて著者の故郷、福岡を舞台に繰り広げられており、心の奥深さを丹念に描いてくれていた。表題作の「どれくらいの愛情」は博多弁で書かれてあるので、また違ったしみじみさがあり、実に素晴らしい作品として心に残ったのである。
 
 とにかく、こういう贅沢な恋愛小説を読んでいると、物語から多くの言葉をもらうのは常であるし、ついつい浸ってしまうのも当然であろう。自分自身について考えたり、要は、自分の人生を振り返えつつ、本物の愛情とはなんであるのかといったようなことをつらつらと、だけど真剣に考えるのであるが。そして、そんな目に見えないものについて考えたりするのは、思いのほか心躍ることであり、言ってみれば、読書をしながらこんなことを自問自答して読んでいくというのは、実に贅沢で、たいそう幸せなことだということである。
 
 著者もあとがきで語っているのだが、5編の作品を通して描きたかったのは、「目に見えないものの確かさ」だという。またそれの対として、「自分とは何者なのか」ということを、この作品を通して何度も考えることになるのだが、愛情の深さとか恋心とか、そういう目に見えないものをぼんやり考えていると、その人の生きる姿勢とか、もちろん男女の違いなんかも見えてきて、なるほどなあ、と妙に感心したり納得したりして至福の時を過ごすのである。どの作品も一様に素晴らしいのだが、その中でもわたしがとくに好きだったのが、最初作品である「20年後の私へ」だった。
 
 39歳になった離婚経験者の女性が、仕事や恋に迷ったときに、20歳のときに短大の授業で書いた、「20年後の私さんへ」という手紙を受け取るという話。この20歳の女の子が書いたという手紙が、まさに20歳の女の子が書いたようであり、これが実に素晴らしかった。もう泣けて泣けてしかたがなかった。作家というのはさすがにすごいな、などと当たり前のことを思いながら読んだのである。
 
 仕事や恋に迷うというのは、男性並みに仕事をこなしていても、39歳という年齢ではしかたがないことなのかもしれない。親にせっつかれながらしぶしぶ見合いをして、思うのは外観や年収であり、自分を幸せにしてくるかどうかなのだ。ついついこういう目に見えるものにとらわれがちだが、本物の愛情とは、目に見えないところにあって、それに気づいていく主人公の心の軌跡に、ただただ揺さぶられてゆくのだった。
 
 この作品で直木賞を獲れればと思います。
 
 お薦め。
『草にすわる』 白石一文 光文社 
2006.08.27.Sun / 20:39 
草にすわる (光文社文庫)草にすわる (光文社文庫)
(2006/06/13)
白石 一文

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 ときどき、人はいかに生きていくべきか、ということをふと考えてみることがある。それは優れた小説を読んだときに、しばしば胸によぎるものではないだろうか。
 
 白石一文の小説を読んでいると、いやでもそれが起こる。もともと白石は「生きる」ということを一貫してテーマに掲げているのでそれは当たり前のことなのだが、とくに今回本書に収められた三篇には心を揺さぶられてしまった。


 「草にすわる」
 
 日々何気なく生きているわたしに、生きるとはどういうことなのかを甘やかに優しく教えてくれた小説だった。といっても、この小説が甘い言葉で綴られているわけではない。病気で職を失い毎日だらだらと無為に過ごしている三十歳になろうかという男の話である。気が滅入りそうな話であっても、明るい話のはずがない。ところが、この鬱々とした語りに引き込まれていくのである。
 
 五年間は仕事をしないと決めた主人公の洪治。だが、三年半も怠惰な生活を続けていけば、さすがに将来のことが不安になるのは仕方がない。貴重な時間は欠落していき、毎日は曖昧となり、閉塞感だけが増してゆくのである。となれば、生きている意味もなくなってしまう。肌を合わすだけの都合の良い女性と成り行きのように自殺未遂を起こしてしまうのも必然のようにも思える。
 
 ところが、ここから白石の本領が発揮されるのだ。出色の出来栄えとなっている。微かな風が吹いて、さやさやと福寿草が揺れている草地の場面。洪治が座り込んでいると、突然激しい感情が胸に沸き起こって、俺は、どうしてあんな馬鹿なことをしてしまったんだろう、と覚醒するのだった。
 
 生きていれば誰だって、もう嫌だと思うはよくあることだし、心底嫌になることの一つや二つくらい軽く思い浮かべることができるだろう。第一、自分の思うとおりの人生を送れる人なんて、どこを探せばいるんだろう。死ぬ理由がなければ、いや死ぬしかないような切羽詰った理由があったとしても、人は生きていくしかないのである。洪治が言っていることはそういうことなのである。そしてそこに共感するのだった。
  平和な日本にあって、どこの世界よりも恵まれた立場にある者が、そんなことを考えること自体、傲慢なことでしかない。だがしかし、人間というものは贅沢にできているものなので、こんなことを考えている自分自身がなんだか不憫で可哀そうになってくるのだからしょうがない。そして、もっともっと幸せになりたいと思うのだからしょうがない。というようなことを、つらつらと考えることができるということはなんて幸せなことなんだろう、と胸の中が暖かくなる幸福な読書であった。

 
 他二編を簡単に。大変面白かったです。

 「砂の城」
 
 主人公は63歳になる文学界の大御所。ここ数年は世界的文学賞の候補にもなっているという男である。過去の華々しい栄光があっても、年老いて一人になった彼がふと考えることは、生きるとはどういうことなのか。それは、生まれてきた誰もが考えることであろう。と、こんな寂寥感を覚えたとき、まだ幼児である孫と出会うのである。抱いてみると、遠い記憶が甦ってきて暖かい気持ちになる彼だった。
 
 やはりこれも覚醒の物語である。
 
 文学界では成功しても、私生活ではそれほど恵まれた人生ではなかった彼。容姿に自信がなかったということに端を発しているようだが、ただ単に女性に恵まれなかったというだけではなくて、やはり人との間合いの取り方がうまく出来なかったというのが一番の不幸なのではないだろうか。
 
 過去を振り返り己の文学を通して考えることは多々あるが、結局のところ一番大事なことはとてもシンプルなことであり、それは「生きることそのものの真の祝福」ということなのだろう。


 「花束」
 
 中央経済新聞のスター記者であり、金融業界で知らぬ者がない辣腕家である本郷幸太郎、35歳。その彼から引き抜かれて相棒となり、経済紙としては世紀のスクープを狙う主人公の「ぼく」、30歳。大蔵のシナリオで描かれた大蔵の管理銀行との合併は許さねえ、とばかりに叩き潰すつもりでネタを掴んでいく。とまあ、こういう経済の裏話は社会問題として興味深く読んだのだが、やはりこの話の面白さは人生に対する二人の考え方に尽きる。
 
 花形職業であれ、またそのスター記者として人も羨む人生を送っているような者でも、実際のところ本当に幸せかどうかはうかがい知れるところではないのだ。また他人がどうこう言うものでもないのだ。

 愛人とか不倫とか、いつもそういうややこしい関係を出してきて人生を面倒なものにしている白石であるが、「もしも自分なら」と考える機会を与えてくれる小説は、やはり面白い。

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 薔薇の黒背景は画像が綺麗に見えるので私も好きでしたが、やはりエントリ別に見るときは使い勝手が良くないようです。CSSを弄れるといいのですが、このレベルになるとさすがに勉強しないと無理なのでやめました。ずいぶん粘ってみたんですけどね。なので元に戻しました。またそのうち黒背景にすると思います。2008/09/24
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